遠州大念仏の背景のロゴ
遠州大念仏保存会本部資料より
※ 背 景 (けんか念仏
 江戸時代の最も盛んな頃には遠州地方一帯殆どの部落で行われ(280とも300とも)規律正しい厳粛な宗教行事であった。時がたつにつれ、服装用具も次第に華美となり若者たちの娯楽に変化、互いに技を競い自然に勢力を示し、初盆の家の角先での到着順位、道中すれ違い等のトラブルが生じ、一部には一名喧嘩念仏の異名が付き禁令150年にも及び自然と衰退していった。そんな中で厳しい網の目をくぐってまでもおこなわれてきた事は、どこか遠州の民情とも言える。
 明治・大正の時代に変わっても、その名残は残り、加えて一戸一人出仕制・回向内容・知識等の乏しさから自然衰退の色は濃くなっていった。
                                
※ 組織結成の動き (統合) 大正末期頃から
(放置しておけば絶対絶命の恐れ)
 部外者たちは、衰退の途に懸念をいだき知識など乏しい愛好者たちに、本質である「神仏と人のかかわり」供養する心(祖先崇拝)は共通のはず。供養心・芸術・楽しみがミックスされた遠州の代表的芸能を正しく伝承を基に、2年間を要し現存組を捜しあて、呼びかけた結果、素朴な愛好者たちは待ち望んでいたかのように、全組こぞって大賛成の意向が示された。(当時約80組)
                    
※ 組織決定 (昭和5年1月25日)
 相互の融和、知識の高揚、演技内容の充実、伝統の犀ヶ崖念仏復活等、相互の連絡を蜜に汚名を禍根から排除、秩序を正し生活の中に根付いた節や音を健全に発展させるため組織が結成された。(以上当時の識者記録による)
             
 70年の経過 (概略)
 犀ヶ崖念仏の復活(昭5年7月)現行7月15・三方原合戦360年祭(昭6年4月)・初のラジオ全国放送(昭6年6月)・研究会・機関紙発行・精霊送り大念仏奉仕(浜松各斎場「寺」・双盤供出(昭18年2月)・戦中休止(昭18年〜昭21年)・双盤一括購入(昭22年〜昭23年・2回)・呉松、滝沢組県無形文化財認定(昭31)・浜松市指定無形文化財認定(全組昭47年3月)・50周年記念大会(昭55年7月)・60周年記念大会(平2年8月17日)・70周年記念大会(平12年9月3日)いつの時代でもご供養のほかに、各種イベントにも参加している。識者の指導、歴代役員をはじめ、会員多くの先人たちの功績が実を結び全国でも類が無いと言われる程の大規模な組織を保ち(4市2郡70組分布)後継者難に苦慮しながらも、各組共、地区の実情に合わせ地域文化向上に知恵をしぼり、存続発展に努力、それなりの成果を見せ現在に至っている。(平成12年組数70)
                  
※ 特 色 (全国でも類を見ないと言われる)
念仏踊り数ある中で遠州大念仏の特色は大別して2ツある。
1. 広範囲に数多く分布現存していること。(分布図参照)
2. 低音でソフトな響きを持つ、双盤を用いていること。(撞木で打つ。布を束ねたもの)
    1尺6寸(53cm) 1尺8寸(59.5cm)は遠州。8寸から尺位の小型で、木ハン
    マーでチャンチャン打つ念仏は全国に数ある。
                         
※ 地域差・組差
 山間部(天竜・都田方面)・平野部(浜松・浜北方面)・磐田原大地(含む周知郡)に分類される。
             
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尾野組の修行風景その1
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 保存会加盟組分布図
遠州大念仏の分布図
保存会加盟組数
 (H/14 現在)
浜松市 19
浜北市 35
天竜市  6
磐田郡豊岡村  7
引佐町  1
袋井市  1
    計 69
尾野組の提灯
太鼓きりの写真